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2015年6月20日 (土)

花森安治さんの詩

 もうけてなにがわるい、という、そのとおりだ。
 他人の不幸を踏み台にして肥ったりせず、
 人間の弱点につけこんで売り上げをのばしたりもせず、
 ぼくらの暮しに役立つ いい品だけを作ったり、
 売ったりしているかぎり、もうけてわるいはずがない。
 そんなふうに考えて、仕事をしている会社や人間だったら、
 大いにもうかるのが、ほんとうなのだ

 しかし、いま、そんな会社や人間が、
 どれだけあるというのか。

 ひとの暮しに役に立たなくても、
 人の暮しをダメにすることがわかっていても、
 売れさえしたら それでいい、
 売れるためなら、どんなことでもする、
 そんな会社や人間ばかりだ。

 そんな会社や、そんな会社の後押しをした政府が、
 いま、日本の繁栄をつくりあげてやったのは、
 じぶんたちだ、と胸を張っているのだ。

 そうなのか、ほんとうにそうなのか。

 それなら、見るがいい。
 そんな企業を後押しにしてきた政府よ、
 見るがいい。

 誇らしげに、君たちが作り上げたという、
 その世の中を 目をそむけないで、
 はっきりと見るがいい

 繁栄とは、なにか。
 ゆたかな暮しとは、なにか。

 君らが狂気のように作り出す工場の煙で、
 ぼくらの空は、いつも重たく曇ってよどみ、
 君らが平然と流し続ける廃液のために、
 ぼくらの川と海は、いつも暗く腐って流れようとはせず、
 君らの作ったものの出すガスのために、
 ぼくらの木と草は、夏に枯れて、春にも花をつけない。

 君らのために、ぼくらのまわりから、緑は失われ、
 君らのために、ぼくらはいま、ちっぽけな土地に、
 ちっぽけな家を建てる望みさえ絶たれ、
 君らのために、ぼくらはいま、
 食卓にのぼせる魚にも毒はないかと心を痛める

 しかし、悔しいことだが、
 こんなひどい世の中にしてしまったのは、
 君らだけの罪ではなかったのだ。
 悔やんでも悔やみきれないのだが、
 君らが狂ってしまって、血眼になって、
 もうけだけに走るのを、だまって見ていて、
 止めようとしなかった、ぼくらも狂っていたのだ。

 ぼくらは、もうずいぶんと長く生きた、
 ぼくらは、もういい、
 ぼくらは、もうどうなってもいいのではないか。

 ぼくらは、自分のこどものために、
 そのまた、こどものために、
 ぼくらだけは、狂った繁栄とわかれて、
 そこへ戻ろう、そこから出直して、
 ぼくらは、じぶんのつくった罪を、
 自分の手であがなってゆこう。

 ぼくらの暮しをおびやかすもの、
 ぼくらの暮しに役立たないものを、
 それを作ってきたぼくらの手で、
 いま、それを捨てよう。

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