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2015年3月11日 (水)

あの日から4年。

今日は3月11日。

4年前の今日、東日本大震災がありました。

あの日のことは、今もまざまざと思いだされます。
忘れることはできないかもしれません。

震度6弱の長い揺れは、家の中も外もめちゃくちゃにしました。
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当時、子どもたちが昼寝をしていた部屋
(この手前はサイドボードがあり、中のものが飛び出てガラスの破片が飛び散りました)

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台所



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外観。瓦が飛んで、隣のアパートに停まっていた車を破損しました。


父ちゃんは新規就農を予定して退職していたため、在宅していました。
本当に助かりました、良かったです。

その後の2週間はライフラインの閉ざされた中で、どうやって生きるのか。
それだけを考えて生きていました。

原発事故について深く考え始めたのは、生活が落ち着いてきてからでした。

ツイッターを始めていた私は、そこに流れてくる情報にただただ驚き、焦り、恐怖を感じていました。
しかし、新聞・テレビ・ラジオでは「ただちに影響はない」「飛行機で外国に行くほうが高い数値を浴びる」「レントゲンよりも低い」と言っています。

被ばくは、子どもたちへの影響が大きい。とくに女の子には2倍になる、という情報もありました。

当時、娘は2歳。息子は7か月でした。

夫と相談して、避難することに決めたのは4月半ばでした。

両親は(テレビなどの情報があるため)反対しましたが、なんとか話し合いで納得してくれました。
納得・・・というよりは、子どもたちのことを最善に考えてくれました。

5月22日。
夫の軽トラックに荷物と犬を、私の軽自動車に子供たちを乗せて、フェリーに乗って京都に向かいました。
あの日、見送ってくれた母の姿は今でも忘れられません。




まさか2015年3月に山形に住んでいるなんて、震災前にはまったく想像のつかない未来でした。

「無常」を強く強く感じます。


現在も、生活再建の見通しがつかない方がたくさんいらっしゃるのだと思います。
仮設住宅に住んでいる方、避難生活をしている方、仕事が見つからない方、うまくいかない方・・・。

4年たって、当事者以外の意識が薄れているんだな・・・と今朝の折込チラシを見て思いました。

「春祭り」「3/11限り大水曜均一祭」「セール期間3/11から3/15」・・・
どこにも震災の影はありません。

多くの人にとっては、ただの「3月11日」なんですよね。きっと。


どうか少しでも心に留めていただいて、被災されている方へ気持ちを寄り添っていただければと思います。

わたしたちもささやかではありますが、被災地の支援になるようできる限りのことをしていきたいと思っています。

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